HeavyBommer@blog
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エウレカ7
GyaOでエウレカ7全話をやっていたので一気に見てみました。
気づいたときにはあと3日だったので、徹夜で見てすごい疲れた…
ですが、結構面白かったです。
エヴァやらガンダムやら未来少年コナンやらラピュタやらナディアやらの臭いを感じる部分も少なからずありましたが、全体的に結構良くまとまっていましたし、年間放映ものにありがちな中だるみもなく、きっちり締めくくってくれていましたしね。
ただ、最後の方は展開が速く、小難しい内容が続きますし、いろいろと疑問なども残りました。
そこで、恒例の考察をしたいと思います。

いつもの言ながら、ネタバレありますので、いやな方は続きを読まないようにしてください。
なお、良くまとまっている考察をアップしているBLOGを見つけたので、そちらの考察を引用しつつ、自分の意見なんかを展開してゆきたいと思います。
#BLOGの趣旨に従って勝手に引用&トラックバックさせていただきますがご容赦ください

まず、考察に入る前に全般的な感想です。
このアニメは、サーフィンっぽいリフと呼ばれるスポーツを中心として、音楽などを含めたカウンターカルチャーを前面に押し出しているところがいい味を出していますね。
主人公達が軍をはじめとする政府の組織ではなく、空賊であるところも普通でなくて良いと思います。

ただ、こういった組織がゲッコーステイトだけ(に近い)ってのはいただけないかな~
普通に空賊が闊歩しているような社会でないと、武器弾薬等の補充にしても普通はままならなくなるでしょう。
ゲッコーステイトにしても、ハードSFで良くあるような、多夫多妻制ファミリーみたいな感じの方が、ヒッピー的で面白かったようにも思います。

では、考察(と上記BLOG考察への突っ込み)を。

 それと同じように人類側は絶望病の人間を改造手術によって人造のエウレカを作ろうとした。


アネモネってそうだったんですね。
確かに、一瞬目を無理やり開いてなんかしているシーンが出てきたり、デューイの言動から、「作られたもの」なんだろうなとは思っていましたが。
これが確定情報なのかどうかは分かりませんが、確かにそう考えると納得できます。

 絶望病は結局の所、魂魄ドライブを通信手段として指令クラスターと交信していた人達を見て絶望した人々が名付けた、と言うところか。レントンが指令クラスターの中で姉さんと出会った時、ダイアン以外に意外と沢山の人が指令クラスターの中にいた。
 あの指令クラスターに半分同化していた人達は実は絶望病だったと考えれば存外に納得がいく。


これも、その通りだと思います。

 49話で絶望病の人々が魂魄ドライブではなく、本を持って現実世界に一時的に帰還してきた。あの本はやはり、エウレカの本と同じく自分の情報の書かれたものだったのだろう。
 それこそ、「魂の情報」の刻まれた本だったに違いない。
 彼らが次々と隕石と激突して死んでいったのは、クダンの限界が起きる前に他の人間と同化する事によって宇宙の崩壊を食い止めよう、と絶望病になってた人達がそう願ってたからだろう。


理由としてはその通りだと思います。
物理法則を捻じ曲げてデブリを人(の多く居るところ)に対して落としたりもしていたので、指令クラスターという「頭」を失ったスカブコーラルが覚醒を始めて、クダンの限界を防ぐ方向へ本能的に動いた結果の現象なのでしょう。
まあ、絶望病の人は本能的ではなく、意識的かもしれませんが。

 悟りを開くってことは結局コーラリアンが「愛を知る」と言うことだったのだろう。…
 つまり、コーラリアンは「同化」によって他者を「征服」することしか知らなかった。だが、「愛」を知る事によって相手を「支配」するのではなく、「受け入れる」と言うことを知ったのである。・・・


 とはいえ、絶望病の人達や一万年前に取り込んだ人類からコーラリアンは愛の情報を手に入れられなかったのか。
 恐らく、知識としては知っていたのだろう。だが、知識はあっても経験がないので理解は出来なかった。
 故に、愛を実践しようとした。そして、その愛の実践記録をエウレカなりニルヴァーシュの魂魄に刻みつけるのがこの物語のキモだったのではないだろうか。


本当の「愛」というのは、お互いに相手の自我を受け入れて、それを認め合い、共生して行くことですね。
こういった概念を持たなかったコーラリアンが、何とかしてそれを学ぼうとしていたということでしょう。
交尾した後のオスを喰ってしまう蜘蛛やカマキリのことを、人間が理解できない(もちろん知識としては理解できますがそういう次元ではなく)のと同じように、コーラリアンという生物にとっては、人間の持つ愛情というものが本質的には理解できなかったのでしょう。
その結果として、地球の生命を食いつくし人間を追い払い、孤独になってしまったので、何とか変化(進化)しようという試みだったのだと思います。

ただ、コーラリアンは最初はこんなことを考えもしない、ただ目前の生物を同化してゆくだけの原始的な生命体だったのだと思います。
地球上の生物を取り込んで、一部(というか大多数?)の人間も取り込んだ結果、孤独を感じるようにもなったし、同化とは別の方法で人間とコミュニケートを図ろうと思うに到ったのでしょう。
愛情に関しては、単純に人間を取り込んだだけでは理解できなかったのだと思います。

指令クラスターの中で出会ったダイアンやアドロックは、どこと無く機械チックというか、感情に乏しいような感じでした。
つまり、取り込まれた人間(等の生物)は、コーラリアン内で自我を保っていることは出来ても、感情の起伏のようなものはコーラリアン全体としてのものに縛り付けられてしまう(か、もしくは無くなる)という事なのでしょう。
そうなると、取り込んだ人間から、感情の帰結である愛情を学ぶことは出来なかったということではないかと。
#同様に怒りや悲しみも理解で来ていないと推測します

故にサクヤやエウレカといった、人型端末(分身でもありますね)を作り出し、それを通して愛情を学ぼうとしたのでしょう。

 じゃ、なんでサクヤは失敗したのか。彼女らは確かに愛を知っていたはず。原因の一つとしてニルヴァーシュの不在があげられている。


たしかに、ニルヴァーシュが無かったのは大きいと思います。
しかし、それだけではないのではないかと。
ノルブはサクヤのことを崇拝するように育てられてきていましたので、内心サクヤを愛していても、それを素直に出せずに居ました。
結局はずっと「サクヤ様」と様付けで呼んでいましたね。
(サクヤが消えかける最後の最後まで)
つぼみから現れたサクヤに対しても、様付けで呼んでサクヤが臍を曲げていました。
この辺が大きいのではないかと私は思います。

まあ、内心ではお互い愛し合っていたものの、ノルブのこのような態度にサクヤが不安を覚えたため、失敗したのではないかと。

 それはしばしば現実世界に溢れることにもなる。もしかしたら、「ゾーン」は「クダンの限界」の予兆かもしれない。


というか、クテ球とゾーンの出現は、ごく小さいながら小規模なクダンの限界が起きているところなのではないかと思います。
故に、クテ球の周りではレーザー(なのに進行が見えるのはなんだかな~ですが)も曲がると。

だから、オレンジの攻撃でスカブコーラルが大きく傷つくと、部分的にコーラルが目覚める>小規模なクダンの限界発生>それを収めるために抗体コーラリアンで周囲の人間を殺す>人間の意識(=情報)が減ってクダンの限界が収まりやすくなるという図式になるのではないかと。

グレートウォールは、昔隕石が落ちてコーラルが部分的に覚醒した結果、小規模なクダンの限界が起きて次元に穴が開いているみたいなことが言われていましたしね。
まあ、いうなれば小さなブラックホールみたいなものなのでしょうね。

 クダンの限界が来るとあれほど脅しておきながら、コーラリアンは最後の最後で「別次元へ旅立つ」という別の解決策を行った。恐らく、もともとこの方法については予測がついていたのだろう。では何故行わなかったのか。
 考えられるものとして、前述の他者との対話方法を知るためだったのだろう。このまま別次元へと旅立ってもまた他人を「同化」によって支配していって、「独裁者の孤独」を味わうだけになってしまう。故に、どうしても「愛」を知ってから旅立ちたかったのだろう。そして、ひとりぼっちにならない方法を知ったから、彼らは旅立っていったのである。


コーラリアンは別次元に旅立ったのですかね?
まあ消滅したってことはなさそうだったので、そういうことなのかもしれません。
別次元に旅立ったのか、ニルヴァーシュを新たな指令クラスターとして、規模を縮小してまた眠りに付いたのかは良くわかりませんが、どちらにしろ、エウレカとレントンによって愛情というものを理解した結果、人間と共存することを選択したのだと思います。

 デューイの計画としては、指令クラスターを破壊したらクダンの限界を起こしたくないコーラリアンは第二の指令クラスターを作るはず。その第二の指令クラスターにエウレカかアネモネがなった際に、首輪に埋め込んでおいた「コーラリアン自壊プログラム」を発動させ、コーラリアンを自滅させる――と言うものだった。


そうなのでしょうか?
最終的にはそのようになりましたが、あれは銀河号を落とされたから、結果的にそうなったようにも感じます。
エウレカ/アネモネの首輪は、自分の計画が頓挫したとき(つまり自分が殺されたとき)の保険だったのではないでしょうか。
でなければ、エウレカとレントンが新たな指令クラスターになろうとしている時に攻撃する理由がありません。

万事うまく行けば、指令クラスターを破壊されたスカブコーラルがバラバラに活動しだし、しかしトラパーの薄い地上(コーラル地表上)では長く活動できない(抗体コーラリアンが一定時間で活動停止することから予測)ので、大規模なクダンの限界を引き起こす前に、スカブコーラルは自滅すると考えたのではないかと思います。
デューイのこの思惑が正しかったのかどうかはいまいち分かりませんが。(実際にはエウレカが仮指令クラスターとしてスカブコーラルの崩壊を一応押しとどめたようなので)
少なくとも、デューイは世界を崩壊させようと(ネット上では、わざとクダンの限界を起こそうとしたという見解が見受けられます)したわけではなく、方法は異なるものの人間が安心して生存できる環境を作ろうとしていたのは確かだと思います。

ちなみに、ホランドらがエウレカの首輪をずっと放置していたのは不思議です。
まあ、ホランドにしてみれば、あれはエウレカの精神やら肉体やらを維持するために必要なものだと思っていたのかもしれませんが、ミーシャらは分かるんじゃないですかね~
分かっていても物理的にはずせなかったとか、外そうとすると毒が出るとか爆発するとかの危険があったのかもしれませんがね。

 で、エウレカが完全に指令クラスターになってしまうとこの自壊プログラムがばらまかれてしまうのでエウレカはギリギリの所で待っていたと。


というよりは、エウレカは自壊プログラムを精神力?で自分の体内だけに押し留めつつ、仮指令クラスターとしてスカブコーラルの崩壊(というか分裂?)を押し留めていたのかと思います。

○一年間何故帰ってこなかったのか
 エウレカとレントンは帰る際に、多分離ればなれになったと思われる。地上ウン万メートルから落下する際に人間の握力で他人の手を握り続けれるかというと不可能だろうからだ。エウレカはともかく、レントンが地面に激突しても死ななかったのはトラパーとかスカイフィッシュが助けてくれとかそんなものだろう。コーラリアンは物理法則操れるし。ま、それならレントンとエウレカを離ればなれにせず、一緒に着地させろと思うが、コーラリアンも別次元に行くので手一杯だった……ということにしておこう。
 で、一年間掛けて彼らは互いを捜す旅を続けていた、と予測される。


これも、私とは見解が違いますね。
まあ、一時的に離れ離れになった可能性は十分ありますが、出会うまで1年かかり、かつ誰にも連絡をしないというのもありえないでしょう。

私としては浦島現象みたいな感じで、ニルヴァーシュと会話していた一瞬に外では1年経っていたって事じゃないかと思います。
コーラリアンが別の宇宙に旅立ったのなら、途中まで引きずられて戻ってくるときに、時空のひずみでそのようになったと解釈すれば良いでしょう。
そうではなく、コーラリアンが規模縮小&休眠状態でまだ地球に居るのなら、休眠状態のコーラリアンの中で時間の流れが異なるって事でも良いと思います。

まあ、何はともあれ、よくあるように「結局二人がどうなったのかは想像にお任せします」って展開でなかったのは良かったと思います。
ただ、月面のハートはいかがなものかと…
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テーマ:感想 - ジャンル:アニメ・コミック

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