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言葉の変遷
前のエントリともかぶるのですが、言葉と言うものは常に変化していくものです。
ですので、「最近の若者は言葉が乱れている」などと言う嘆きは、的外れだといわざるを得ないですね。

まあ、前のエントリでは「嫁という呼称は間違い」みたいに書いた訳ではありますが、それは個人的に気になるってだけで、世の中での定義が変わるならそれはそれでしょうがないと思います。

ちなみに、言葉の乱れとしてよく槍玉にあげらるものとして、「ら抜き表現」「『普通に』という修飾語」が上げられますが、これらは別に間違っていないと私は思います。

まず、ら抜き表現ですが、これは日本語的には正常進化であるともいえます。
例えば、「食べられる」ですが、これだけだと「私はトラに食べられそうになった」と言うようなケースと、「せっかくの料理なのに満腹であまり食べられなかった」というようなケースを区別するには、文脈を理解する必要が出てきます。
ですが、ら抜き表現を使えば、「食べれる(ない)」という場合は、確実に能動型の意味(「自分がなにかを食べる」ようなケース)だということがはっきりします。

次に、「普通に」です。

「その料理はどう?」
「普通においしいよ」

って感じの会話だと、「普通に」は「特殊な条件なしに」と言うような意味になるでしょうか。
まあ、最近の若者はどうかわかりませんが、こういう場合「普通に」をわざわざつけるということは、前提として「事前の予想とは異なる」ということがあると思います。

上記の例だと、「その料理」はちょっと変わった料理であるとか、腕に自信が無い人が作った料理であるといった前提があると考えるのが妥当でしょう。
その場合、「ちょっと辛いけど、おいしいよ」「好みが分かれる味だけど、私にとってはおいしいよ」「見た目は悪いけどおしいいよ」などと言った、「限定条件」が付かないという意味で、わざわざ「普通に」をつけるのだと思います。

これも、ら抜き表現の場合と同様、曖昧さを極力排除するという効果を持っていますので、正常進化だと考えられるわけです。

このように、意味のある変化を「言葉の乱れ」と言うのはどうかと思うのですが、皆様はどうお感じになるでしょうか?
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テーマ:ことば - ジャンル:学問・文化・芸術

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