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ナルニア国物語(原作小説)
最近は、通勤時の暇つぶし用にナルニアシリーズを読んでいます。
今のところ、出版順に読んでいって、「少年と馬」まで読みました。
とりあえず、ここまでの感想や突込みを書いておこうと思います。

例によってネタバレも含みますので、嫌な方は以降は読まないでくださいね。

☆設定
とりあえず、全能の神としてのアスランが創造した世界が舞台になります。
メインの舞台となるのはナルニア国で、物言う動物や精霊などが人間と共に暮らしています。

地理的には、北方に巨人族の国、南方に砂漠を挟んでカロールメンというアラブチックな大国、西にテルマール人(あるときから祖国を捨ててナルニアに攻め込み占領する)、東は海となっていて島々が点在し、東の果てにはアスランの住む神々の国があります。

あくまで仮想的な世界ですので、惑星のように球形をしているわけではないようですね。

☆感想

まず、訳がまどろっこしい&言い回しが古すぎるために、非常に読みにくいです。
ハリーポッターの方が数段ましなくらいですね。

更に、何を血迷ったか「ターキッシュデライト」という菓子をプリンと訳しています。
これは、「ターキッシュデライト」が日本ではなじみが無いからということだそうなのですが、だったらプリンではなくマシュマロとかコンペイトウとかチョコレートくらいにしておけと。
プリンでは、手でつまんで食べるような描写は明らかにおかしいのに、それを選択するのはまともにストーリーを考証していないとしか考えられませんね…

こう言ったことが随所に見られるために、読んでいて苦痛を感じることがあり、物語に没入できません。
いくら児童文学だとは言っても、この訳は子供にも読みにくいでしょう。
戦前の小学生向け教科書みたいな感じです。

中身についてですが、作者が熱心なキリスト教信者であるところからして、宗教色が強すぎる感じがあります。
まあ、アスランをキリストに見立てて、聖書の物語を煎じなおすってのは良いのですが、現代的な「男女平等」などと言った価値観に変質的な敵意を持っている幹事がありありと伝わってきます。
これは、「朝びらき丸 東の海へ」/「銀のいす」で顕著ですね。
ユースチスへの教育方針や、彼やジルの通う学校の方針(現代ではごく普通の方針ですね)を軽蔑するような書き方が随所に見られます。

また、「とにかく創造主アスランの言うことは絶対だ」「アスランは無条件に信頼しなければならない」といった面が強く、主人公たちはほとんどの場合自分たちで考えたり悩んだりして行動するのではなく、とにかくアスランの導きに従えって形になっています。
むしろ、自分たちの考えで行動すると、大抵は裏目に出て「やっぱりアスランを信頼するべきだった」となります。
さらに、良くあるように、アスランはかなり気まぐれですし、従え従えという割には、自分自身はあまり行動しません。
まあ、イエスに例えているためにそうなるのも当然なのでしょうが、これは物語を薄っぺらくしていると思います。
映画版の方が、まだ登場人物の葛藤やらが描かれていて、良いんじゃないかと思えますね。

今まで読んだ中では、「馬と少年」はアスランが最後まで直接姿を見せないこともあり(影でいろいろ操ってはいたんですけどね)主人公たちは自分たちで問題解決して行きますので、これが一番面白いかと思いました。

書きかけのライオンと魔女を「指輪物語」のトールキンに見せたところ酷評されたとのことですが、それは良く理解できます。
まあ、「指輪」などの綿密な設定考証に基づいた、ファンタジーとはいえリアルなストーリーと、宗教的な御伽噺の延長であるナルニアとでは水と油だというのもあるでしょうが、この物語展開では私はトールキンに賛同しますね。

と言うわけで、全体として「なんでこれが3大ファンタジーに入るのか」不思議なくらいです。
まあ、部分的に多少面白いところはありますが、深く考えずに映画を流し見するていどで十分じゃないかと…
とりあえずここまで読んだので、あと2冊は読んでみるつもりですけど、今から読もうと思っている人は考え直した方が良いんじゃないかと思いますよ。
#ファンの方には申し訳ないですが

☆ツッコミ

まだ、世界創生を描いた「魔術師のおい」を呼んでいないので的外れかもしれませんが。

・ライオンと魔女でなんでアスランはぺペンシー兄弟を待つ必要があったのか?

結局のところ、実際に魔女を倒すのはほとんどアスランの力によります。
いくら「アダムの息子・イブの娘(つまり人間)」が王位につかないとナルニアは安定しないとは言っても、南方にはナルニアと姉妹国みたいなものである、アーケン国もあるわけです。
こちらから王家の人間を迎えて、アスランの名の下に「白い魔女」と対決しても良かったのではないでしょうかね?
この時代には、テルマール人野蛮な海賊の性質を残していたのでしょうし、更に南のカロールメンは敵対関係みたいなものなので、それらが使えないのはわかりますが。

おそらく、作者は最初からシリーズ全体の設計をしたわけではないということなので、この時点ではナルニア世界に人間は暮らしていないという想定だったのでしょうね。
#おそらく二巻の「カスピアン王子のつのぶえ」の段階までそういう想定だったのだと思います

理由付けをするならば、何らかの魔術的な要因で魔女を打ち破るには、現実世界の人間が必要だったということなのでしょうけど。

・ぺペンシー兄弟が去った後は何故容易にテルマール人に侵略されたのか?

カスピアン王子のつのぶえで、ナルニアはテルマール人に占領されています。
ペペンシー兄弟が、街灯あと野での狩の最中に、現実世界に戻ってしまったため、王不在のナルニアは容易に陥落してしまったということですが、ここでもなんでアーケン国から王を迎えなかったのかが不思議です。
実際には、人間でなく小人だってセントールだって指揮は取れるでしょうから、アスランの支援があれば容易に蹴散らせたはずです。
事実、ペペンシー兄弟とカスピアン王子だって、アスランの助けが無ければテルマール人を打ち破ることは出来なかったでしょうからね。

まあ、これも無理やり理由付けをするとしたら、アスランが力を発揮するためには、現実世界の子供と言う触媒が必要なのだとするくらいでしょうか。
馬と少年のコル王子(シャスタ)は、アスランの助けを受けていますが、この時はペペンシー兄弟の治世の時代なので、アスランはペペンシー兄弟を触媒にして活動可能だったとすることは出来ますね。

・アスランは結局何がしたいのか?

なんだか気まぐれに干渉しているだけで、ナルニア世界をどうしたいのかいまいち良くわかりません。
正義が行われる平和な世界にしたいのであれば、もっと積極的に干渉すれば巨人や魔女、カロールメンなどを打ち破って、ナルニア国がもっと広い範囲を収める事だって出来るでしょう。
成り行きに任せるのなら、干渉するのは本当に見逃せない事態程度に留めて、後は住民に任せれば良いでしょうしね。
この一貫性の無さが、全体として「御伽噺の域をでない」感を強くしているのだと思います。
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テーマ:ブックレビュー - ジャンル:小説・文学

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