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ナルニア(原作小説 残りの2冊)書評
前回に引き続き、残りの二冊も読みましたので、その感想です。

例によってネタばれありますので(今回は特にシリーズクライマックスの核心部分に触れますので)嫌な人は続きは見ないようにしてください。

☆魔術師のおい

ナルニアの創生にかかわるお話ですね。
そのため、アスランは後半まで出てきませんし、前半は現実のロンドンが主な舞台になります。

まあ、こじつけ感はありますが、その後の話の理由付けなども結構旨くできていて、なかなか楽しめました。
アスランが出てきた後は、いつものように「ひたすらアスランを信じるべし」な展開なので、その辺はげんなりですけどね。

あと、ディゴリーがジェイディスを何とかしようとして、チャーンに帰したつもりで慌ててナルニアにジェイディスともども行ってしまう訳ですが。
「世界の間の林」ではジェイディスは力を失います。
ならば、何も焦る必要は無いんですよね。
むしろ、ジェイディスをどうにかするのであれば、この林に置き去りにしたって良いくらいです。
ここでは、ジェイディスは老婆みたいな非力な存在ですので、もっとゆっくり落ち着いて対処していれば、ナルニアにジェイディスをつれて行ってしまうこともなかったでしょう。

設定に関してはいろいろ言いたいことがありますが、それは後の方でまとめて書きます。

☆さいごの戦い

これも、比較的アスランが係わってこないので、途中までは結構楽しめました。
やっぱり、アスランのような絶対者が係わってくると、どんなことも意味がなくなるので、尾花氏が破綻してしまいダメですね…
聖書のように、キリストを崇拝させることが目的の本ならいざ知らず(まあ、ルイスはそういう目的から書いているんでしょけど)登場人物たちの努力を無にするような存在はねぇ…

また、最後がいけません。
設定に関しては後にまとめて書きますが、ぶっちゃけ「天国オチ」ですよ…
「皆死んで、神の御許で幸せに暮らしました」ですよ…
これはありえないだろうと思います。
もう、読まなきゃ良かったと思うレベルですね。

☆設定に対するツッコミ

・人間の存在
まず、ナルニア世界に居る人間は、基本的に「魔術師のおい」で連れてきた、フランクとその妻の子孫だと思われます。
まあ、テルマール人は別途この世界に迷い込んだ海賊だということが「カスピアン王子のつのぶえ」で語られていますので別ですが、アーケン国はフランクの子孫が築いた国のようですし、カロールメンも(ナルニアシリーズ自体には出てきませんが、ルイス本人の年表にあるらしい)アーケン国のならず者が建国したらしいです。

出自が不明なのは離れ島諸島にいる人々ですね。
これらの国は、最初からナルニア領だったわけではなさそうですので…

どっちにしても、それならば「アダムの息子・イブの娘」は沢山居ることになります。
それならば、ペベンシー兄弟が来るまで白い魔女(ジェイディス)をのさばらせておいた意味が解りませんよね。

「魔術師のおい」でアスランは、ディゴリーがジェイディスをつれてきてしまった責任として、彼女を退ける役目は人間に負わせるよう言っていましたが、それなら結局のところフランクの子孫だって良かったわけですよね…
「ライオンと魔女」でナルニアにくるのがディゴリーの子供であるのなら、まだ理解も出来ますけど…

また、カロールメンはナルニアやアーケン国より後から出来たはずなのに、そっちの方が大国になっているってのもおかしな話です。
もちろん、現実世界での欧州とアメリカの関係などと同様の状況であることは理解できますがね。
ならず者が国をとび出して建国したのであれば、脅威となってきた時点でナルニア・アーケン国で成敗する事だって出来たでしょうし、そもそもあそこまで文化も容姿も変わってしまうのは理解しがたいです。

・世界の成り立ちについて
結局、アスランの国=天国の一部分の影がナルニア世界で、実は現実世界(物語ではイギリス)もそういった影の一つに過ぎないと語られます。
でも、「魔術師のおい」では、世界を繋ぐ「林」があって、そこにある池がそれぞれの世界を構成していました。
ここでは、ナルニアと現実世界は異なる池でしたよね…
まあ、アスランの国=天国はこの「世界の間の林」よりも高次元で各世界を結んでいると考えることもできますが、なんか強引な感じは否めませんね。

・信仰について
※私はもともと宗教には否定的ですので、以降の内容はそういった内容になっています。何らかの宗教(特にキリスト教)信者の方には面白くない内容だと思いますので、その点はご容赦ください
※もっとも、宗教家としてその辺異論があると言うことなら議論することはやぶさかでは有りません

「さいごの戦い」で、結局アスランを信ずるものは天国に召され、それ以外はナルニアとともに消滅したような形になっています。

この考え方自体気に入らないのですが、まあそこは譲歩しましょう。

でも、結局のところ、「さいごの戦い」でナルニアが滅んだのは、アスランを疑うことなく信じ込んだナルニアの「ものいう獣たち」の愚かさゆえですよ。
まあ、偽者を偽者と見抜けないのは本当の信仰じゃないとか、本当の信仰心があれば殺されることはむしろ神の御許に召されることで、不幸なことではないとかいろいろ言い訳は思いつきますが。
#実際キリスト教の言い訳がそうですからね

それなら、最初っからこんな世界を作る意味があるのかと言いたいですね。
結局のところ、ナルニア世界(まあ現実世界も同じなのでしょうが)でいろいろと悩んだりして生きていくことは意味が無いと言うことになってしまいます。
キリスト教の説明を借りるなら、現実世界は魂の修行場所なのであって、自殺は勝手に修行を終了させる行為だからNG、そうでなく精一杯生きたうえでの死は神の国への通行手形だというような形になるのでしょうか。

でも、そうなると殺人は悪いことじゃなくなっちゃいますよね。
これも「他人の修行を勝手に終わらせることになるから悪いことだ」とかいう言い訳は成り立ちますが、ならナルニア世界の崩壊を止めなかったアスランはどうなんだと…

また、タシの神への信仰についても、それが真の信仰ならアスランを信じることと同義だとかいうのも、見え透いたまやかしに思えます。
これは、一神教であるキリスト教が、他の宗教を取り込む口実ですね。
結局貴方の信じていた神は、それが良い面ならキリストと同じなのですよ、三位一体の原理に基づいて神たる父とキリストと精霊は同じなのですよと…

こんな考え方をするから、単なる大量虐殺である十字軍とか魔女狩りとかを平気で正当化しちゃうわけですよ。
「疑う心」を否定する宗教と言うのは、結局のところ人間の思考力を奪い、為政者たるどこかの誰かに無条件に従わせることです。

アスランを無条件に信じろと言っておいて、ヨコシマの演じさせた偽アスランは信じるなというのは、実際無理な話なんですよ。

こういう、明らかに時代遅れの、宗教色の強い作者の考え方が、物語の良いところを全てスポイルしてしまっています。

これでは綿密な世界設計など意味を成さず、また登場人物の冒険だって何の意味もないと言うことになってしまいます。
ゲームオーバーになれば消えてなくなるゲームの世界と変わらないんですね。
前回も書きましたが、トールキンに呆れられるのも頷けます。

やっぱり、どう考えてもこれが世界三大ファンタジーに含まれるのは納得いきませんね。
キリスト教徒以外には受け入れがたい内容といわざるを得ません。

ちなみに、宗教に関する意見は、過去にメルマガで発行しています。
以下にバックナンバーがありますので、よろしければ読んでみてください。(後半のコラムです)
http://b-51.hp.infoseek.co.jp/philosophy/mm020328.txt
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テーマ:ブックレビュー - ジャンル:小説・文学

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